遊郭記〜五番町女狸衣楼〜

<カンマ作>

〜五番町女狸衣楼〜

夕暮れ時を迎え、階下がそろそろ賑わいをみせ始める頃、みやきちは蘇芳色も目に鮮やかな襦袢姿の女ふたりに、両脇から腕の付け根を絡め取られるように抱かれ、しずしずと奥の小部屋へと向かう。

女たちの豊かな乳の弾力が、薄い衣を通して両の腕に伝わり、ほんの少しの緊張を呼ぶ。
その頬には、この先に待ち構える、アンナ事やコンナ事への期待で膨らみ、こぼれるような笑みは、もはや隠しようがない。(心の中の足取りはもちろんスキップ)

五番町の中ほどに位置するここ女狸衣楼は、他の楼閣と比して、これといって箱そのものに大差はない。
だが、此処が他所と大きく異なるのは、赤い格子の向こう側に、時間ともなればK姫太夫を筆頭にずらりと鎮座するそのお女郎たちの数である。これだけ多くの綺麗どころを、一体いずこから引いてきたのやら。それは見事なものだ。
女たちが揃って優雅に手招きするさまは、ひときわ艶やかに人目をひく。

道行く者は男たちだけではなく、女たちをも虜にすると、この界隈ではもっぱら評判の楼閣、
それが此処、五番町女狸衣楼だ。

そして今夜も華やかな顔立ちの女二人が、出を待つほんの束の間の時間を互いに楽しもうと楼の二階に居候する書生みやきちの元にやってきたのであった。

今宵もまずはお気に入りのみやきちから。 と言うことか。

 ――「ふふふふ。しかも今夜は3P☆」――

とは、もちろんみやきちの発する心の声である。


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今から遡ることちょうど半年前、この楼閣の二階に居候する文豪の元に弟子入りを志願し、同じくここに住み込むことになったみやきちであったが、その凛とした佇まいにお女郎たちの中には既に虜になった者も数多くいるそうな。

そしてみやきちを小部屋へ導いたこの女たちとて、その例外ではなかった。

一人はテクニシャンのアヤコ。美しい格子女郎である。もちろん此処女狸衣楼では一二を競う売れっ子だ。
そしてもう一人は今がまさに旬のミント。ほどよく熟れたその肢体は何にたとえるべきや。


その同じ頃、大きなあくびをしながら厠からきちんと手を拭いて出てきたじょりぃは珍しく浮かぬ顔をしている。
どうやら夕べからちっとも筆が進まぬらしい。

「ネタがないネタが」「いや、エロがたりないんだ・・・エロ・・エ・」

などと、独りゴチながら部屋へと帰す。

そのじょりぃの部屋とは、ちょうど真反対に位置する廊下は一番奥の小部屋で、今まさに繰り広げられようとしている死ぬほど羨ましい出来事など、このときのじょりぃは知る由もなかった。

さて、この文豪じょりぃだが、筆もたつが口もたつ、世渡り上手な自称23歳。
好みの女をみかけると、言葉巧みに言い寄っては「ばぶーじょりぃ」に変身し、落とした女は数知れず。(とか)
この手の才に長けているとはいえ、いやはや大したものである。

だが一方では、永遠のマドンナ「ナナ」にだけ発症する病、名づけて「ビビリ病」という(らしい)が、これだけは何時までたっても治る気配はないようだ。


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楼の厨は夕刻ともなると忙しさを極める。

ここは女狸衣楼の厨房。

今日も飯炊き女の長をやっている おまきが器用に魚をさばいている。その隣ではトントントンと、これまた小気味良い包丁の音。せっせと葉物を洗っては湯気の中に投じていく者、そしてお燗をつける者と、最近ではその姿も様になりつつある若い娘たちの顔ぶれは、麻婆豆腐に海苔である。
いや。おマー(坊)に、おとうふに おNORIであった。

皆、なぜか美味しげな名の娘たちは、おまきの指導が行き届いているのか揃って働き者だ。

三つある釜戸からは、湯気と共に飯の炊き上がる良い匂いが厨を出て、手前の帳場を通り、大きく吹き抜けになった楼の二階は此処じょりぃの部屋まで漂ってくる。

文豪じょりぃが使うこの部屋は八畳ほどもあろうか、簡単な設えの床の間飾りもある。

開け放たれた窓の外は、出入りの客や女たちの声が賑やに交差する。
下働きの娘たち、おペコ、おとぽ、それにおこく(ーん)の三人が元気欲発する「いらっしゃーーい!」の掛け声は、酔客たちの笑い声と共に、このじょりぃの部屋にも間断なく響いてくる。
そしてその喧騒は、夜るの帳が本格的に降りてからも休むことを知らない。



通りに面して置かれた窓際のじょりぃの文机の上に目を移すと、何やら、いかがわしげな冊子が無造作に広げられたままだ。
しかも、端には朱で書いたと思われる悪戯書きもみてとれる。

文豪文豪ともて囃されて世に出ているじょりぃだが、この机の抽斗(ひきだし)奥には、実は「エロ事四十○手」と題された画が幾枚も隠されている。この画は全てじょりぃの手によって描かれたものである。
今は既に気風のよい優しいダンナのハ○ーに身請けされ、ここを離れた元灯太夫の置き土産となった日記が、文豪じょりぃの妄想をかきたてたのであろうか。(自からの体験では描き切れないあたりがチト淋しい)


さて、厠から戻った文豪じょりぃは部屋へ入るなり、机の前に敷かれた薄い座布団にちょこんと座ると、左肘で頬杖を着き、短く切り揃えた右手の爪の先を広い額に持っていく。
一昨日こさえた目の直ぐ上のかさぶたが、どうにもこうにも気になるらしい。今もしきりと撫でている。

傍から見ると、その中指の使い方、ちょっと違いやしまんか?と、思わず突っ込みたくもなろうというもの。
何のための深爪なのか。いや、よくは知らぬが。(いや、そんなことより仕事はどうした仕事は)

そう云えば、つい半時ほど前に階下から口うるさい女将カンマに、せっつくように声をかけられたばかりであった。
ちなみにこの女将は、じょりぃにうまく丸め込まれた年上女の一人である。何だかんだといってはいいように振り回され、あしらわれている単純な女将である。

 「じょりぃ先生。まぁーだ書きあがらなんですかぃ?いいかげんこっちも手伝って欲しいんですけどねぇ。」

下が客で混みあってくると手が足りなくなることもある。そんな時は、じょりぃも下足番程度のちょっとした手伝いを頼まれるのであった。

 「はいはいお女将さーん。直ぐにそっちへいきますからー☆」

例によって調子よく返事はしたものの、じょりぃにハナっから手伝う気などさらさら無いのは毎度のことである。

さっき返事を返してから、もう既に半時ほどはたったであろうか。

女将からは、もう諦めたのか二度目の声はかからない。

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いつまでたって筆が進まぬじょりぃはふと考える。

 「そうか。 こんな時は、いっそのこと気晴しをすればいいのだー。」

気晴らしとは云っても、差し詰め階下へおりて、好みの女の乳でもパフパフと弄んでくる程度のことであるう。
(女たちの中には気の強いおきょんもいる。ちょっかいを出してまた新たなカサブタをこさえなければ良いが・・。)

だが、そうと決めたらじょりぃの行動は早かった。さっさと腰を上げ、襖に近づくと丸い引手に指をかけ、廊下へ出ようと左足を半歩前に踏み出した丁度その時、賑やかな階下からの音に紛れるように、何やら淫靡で怪しげな声がじょりぃの耳にかすかに届いたのである。

はて?(じょりぃ、ピーンと背筋を伸ばす。)

今、確かに人の声が聞こえてきた。   と今度は更に耳をすます。
  
「・・・××・・ぅ・・。」「・ぅ・・・○▲・・・ぁぁ・・。」

「え?!」と心の中で上げる声が少々上ずるじょりぃ。だがその表情はニヤリ☆


頭一つ分ほど引いた襖の戸の隙間から、ちょこんと出した首を左右へとまわし辺りを確認する。

・・・・・。

誰もいない。

聞き耳をたてながら廊下にスルリと出るやいなや素早く後ろ手で襖を閉めるじょりぃ。
そしてふたたび声のする方へあたりをつけると、その艶っぽい怪しげな声に導かれるように襖伝いに忍び足。

どうやらソノ声は、この廊下の一番奥の部屋から漏れてくるようだ。

こんな時はやけに長く感じられる廊下だが、それでもじょりぃは少しずつ距離をかせぎ、とうとう其の部屋と思しき襖の前までたどり着いた。そこはまだ一度も足を踏み入れたことのない物置部屋。
じょりぃの心の臓は俄かにあわ立つ。確かにこの部屋だ。

常日頃から綺麗どころに囲まれてはいても、気恥ずかしさからあと一歩の肝心なところで積極的に出られないヘタレな文豪じょりぃ。
だが、好奇心だけは人一倍の村々人間である。襖の向こうで今何が起こっているのか、気になって仕方がない。


と、再び中から押し殺すように発せられた途切れ途切れの息遣い、そして衣擦れの音。 

「×××・・・。」「・・○ぅ〜ん。」 きしっ。きしっ 「 ・・ハァハァ。」「ハァハァ・・あっ・・あぁ・・」


幾重にも重なり合い、艶かしくこぼれ出る吐息。そして声。  音。  声。
  
より一層鮮明に聞き取れるではないか。否が応にも想像は掻きたてられ膨らみを増す。
じょりぃの胸の高鳴りは既に一杯一杯。

そして頭は村々。 村々。 
 

m・・・・・・?! 


と、そこでじょりぃはハタと気づいた。 あの声は? アノ声は!! 


まさか!  みやきち!!!


(続く)





じょりぃ注:続くかどうかはご本人にもわからないそうです。

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